築くのは、暮らしと未来。
建築資材業界トップリーダーが語る課題と展望【前編】

柴田敏晶氏
伊藤忠建材株式会社 取締役会長

建築資材専門商社として、福井を拠点に事業展開を続けるアロック・サンワ株式会社。
今回は、同業界のトップリーダーである伊藤忠建材株式会社の取締役会長、柴田敏晶氏を対談ゲストにお招きした。
17年という長期に渡って代表取締役社長を勤め、現在は会長としてリーダーシップを発揮する柴田氏から、深い考察や未来展望が止め処なく溢れ出る。
建築資材業界の動向や課題、リーダーシップと組織文化、さらには培われた経営哲学にも踏み込み、対話は弾む。

伊藤忠建材の歴史と役割、変動する業界の中での歩みとは

石橋:今日は、建築資材業界の動向や課題、リーダーシップと組織文化について、ひとつずつお聞かせいただけたらと思います。

柴田:それでは、業界の動向という点では、当社の紹介もあわせてお話しますね。
伊藤忠建材という会社は、伊藤忠商事100%の子会社という位置づけで、昭和36年(1961年)に設立しました。
もともとは伊藤忠商事が建材も含めて事業展開をしていましたが、国内で販売するためには会社を別にしたほうがいいだろうということで、伊藤忠建材が誕生しました。

石橋:時代の変化に合わせて、役割を分担されたのですね。

柴田:昭和36年ですから、時代としては高度経済成長期ですね。
日本の住宅の着工数というのは、昭和20年の終戦まではほとんどありませんでしたが、高度経済成長で大きく伸びて、年間で100万戸近い数字になりました。
その後、ピーク時の昭和49年には185万戸まで伸びて、現在は大きく下がって85万戸になっている、というのが全体の流れです。
そういう流れの中で、伊藤忠建材も独立して建材の販売を行ってきました。
特に、一戸建ての家に使う建材ですね。「屋根や壁、床等を扱っている会社」と言うと分かりやすいと思います。

石橋:はい、ありがとうございます。

柴田:売上は大体3,600億円ぐらいで、子会社を入れると4,000億円近い、という感じの会社です。
全国に16支店ありまして、アロック・サンワさんがある北陸では、金沢に北陸支店というのを置き、関係させていただいています。

石橋:金沢駅前の北陸支店ですね。以前お邪魔させていただきました。

柴田:あそこは、もともと伊藤忠商事のビルなんですよ。今はもう売却しましたけど。
以前は、伊藤忠商事と子会社でいっぱいになっていました。北陸新幹線開業の影響で無くなった支店もあります。
ストロー現象ですね。だから、交通の便利が良くなることはプラスですけれど、逆に、遠方からライバルが進出しやすくなるということも言えます。

(*)ストロー現象=新幹線や高速道路等、大都市と地方都市間の交通網が整備され便利になると、地方の人口や資本が大都市に吸い寄せられること。

石橋:北陸新幹線ができて金沢が開通してから「ストロー現象は大いにあるな」という実感はありましたか?

柴田:いや、金沢はそうでもないです。観光客が増えて、ホテルがたくさん増えましたし、金沢は観光で潤ったのではないでしょうか。

石橋:そうですね。 それは今でもよく聞きます。

柴田:だから、金沢に関しては少なくともプラス要因の方が多かったという気がしますね。
逆に、例えば長野は速く来れるようになりましたが、「東京からの人が、長野に泊まらず、金沢で泊まる」みたいなケースが増えて、長野は影響を受けたかもしれません。

石橋:私は出身が長野県の南の方なのですが。長野市は影響があったという話は聞きますね。
長野市よりも、軽井沢に1回泊まり、軽井沢からはアクセスが良くなった金沢へ、という流れのようです。

向上し続ける「家の質」と、新しい需要

石橋:伊藤忠建材さんの、会社の成り立ちと時代の変移を聞かせていただきました。
当社がある福井でも、空襲や福井地震、地震の翌月には大規模な水害もありました。その後、高度経済成長や平成の不況期も経て、人々の暮らしも変化してきたのだなと改めて認識しました。
そこで次に、建築資材業界における、最近の動向や変化についても見識をお伺いしたいです。

柴田:例えば、50年前と今を比べて、住宅の着工数というのは確かに減少しています。けれども、家の価格全体としては上がっていると思います。
具体例としては、トイレのウォシュレットです。
昔は金隠しが一般的で、ひとつ1万円しないようなものだったわけです。それがウォシュレットだと、数十万円するものも珍しくありません。
他には、断熱資材もそうですね。昔の家では、そもそも断熱なんてありませんでした。

石橋:そうですね。様々な面で、住宅に求められる質が変わってますよね。

柴田:はい。この業界がまだまだ伸びているのは、やはり「家の質」が上がってきているということが一番大きいと思います。
他には、リフォーム需要もあります。例えば「より良いお風呂にしたい」とか。

石橋:10年20年も経たないうちに、より良い設備に変えられる方がたくさんいらっしゃいますね。

柴田:新築の棟数だけでは考えられない「新しい需要」が、この50年間に生まれてきています。
それでは「今後はどうなるか?」となりますが、これから脱炭素時代に入ります。
「ゼロエネルギーハウス」という、断熱をしっかりしてエネルギー消費をできるだけ減らして、なおかつ太陽光発電を載せる住まいが注目されています。
自宅で発電して、蓄電して、電気を使ってプラスマイナスゼロにするという家が、より義務化される方向に行くでしょう。
「カーボンゼロ」という言葉もありますが、この業界はそこに向かって行きます。

石橋:家の質の向上に伴い、求められる品・取り扱う品が、格段に増えていくわけですね。

建築資材業界における、新技術による変化・進化の可能性

柴田:例えば、いつか将来、お風呂設備に「自動体洗い機」みたいなものが出てくるかもしれません(笑)。

石橋:出てくるかもしれないですね(笑)。大阪万博で、何か似たような物があった記憶があります。

(*)1970年(昭和45年)開催の大阪万博で、「人間洗濯機」という設備が展示され話題を集めた。
2025年の大阪・関西万博では進化した現代版が展示される、という報道がされた。

柴田:あくまで、例えばの話ですけれどね(笑)。しかし、そういった新しいものは今後も出てくると思います。
太陽光発電でも、今は大きなパネルを屋根に載せていますが、ペロブスカイトが実用化できればパネルを薄くできるので、壁面に設置して発電できるようになります。
まだ、コスト等の課題がありますけれど。

(*)ペロブスカイト=灰チタン石(かいチタンせき)のこと。その結晶構造を「ペロブスカイト構造」と呼ぶ。
このペロブスカイト構造をした物質を塗ると、極薄フィルムを太陽電池にすることができる。
従来の太陽光パネルに比べて厚さは100分の1、重さは10分の1と、薄くて軽いのが特徴。

石橋:いずれ改善されて、屋根だけでなく、家の壁面でも発電するのが当たり前になる時代もありえます。

柴田:それと、EV(電気自動車)もですね。すでに一部で始まっていますが、太陽光で創った電気で、電気自動車を充電する。冷暖房はもちろん、移動するためのエネルギーも自家発電・自家消費で賄える。
カーボンニュートラルになっていくということは、そういうことでしょう。

石橋:業界も企業も、そういう変化・進化についていく必要がありますね。

「非住宅の木造化」という新たな需要の伸び

柴田:私たちは今、住宅だけについて言っていますけれども、「非住宅の木造化」という需要も伸びています。
例えば、幼稚園とか、街の開業医が医院施設に木造を取り入れるとか、これも脱炭素時代のひとつの流れですね。
今までの「住宅がこれだけ建ったから、売上高はこうだ」ではなくて、新しい分野が開けてきている、ということです。

石橋:日本でも木造建築の幅が広がってきました。

柴田:ヨーロッパだと、11階建てのビルが木造というケースもあります。

石橋:日本ではまだまだ考えられないですよね。

柴田:日本では消防法によってなかなか難しい面もありますが、その辺も変わってくるでしょう。
例えば、木には「燃える」という印象が強くあると思います。でも、厚い木材を使用すると、焦げますけど燃えません。
一方、鉄は熱によって曲がってしまいます。

石橋:一般的には、そういったお話はあまり知られてないですね。

柴田:日本は「木」イコール「すべて燃える」という認識が一般的です。江戸の大火からずっと引きずっていますから。消防法が厳しい一因かもしれません。
ヨーロッパでは「木造は燃えにくい」ということが知られていますから、その辺の考え方の違いはあります。
まだ時間はかかりますけれども、確実に「非住宅の木造建築」という分野も増えていくでしょう。

石橋:なるほど。

柴田:課題は「新しい分野にどう攻めていくか」という点です。
全員ができるわけではありません。ある特定の人しか多分できないと思います。そういう人や会社に、どう自分たちが近づいて付き合い続けていくかということが大切な時代に入っていくように思いますね。

石橋:非住宅の分野も、まだまだこれから成長・変化・進化が生まれてくるでしょうから、そこにどう入っていくかという課題は大きいですね。

柴田:そうですね。住宅の戸数だけ見ていると、レ・ミゼラブルな業界だなと思われるかもしれません(笑)。しかし、そうではありません。
先ほどヨーロッパでの木造ビルの話をしましたが、日本はこれからです。

(*)レ・ミゼラブル=フランスの小説家・政治家「ヴィクトル・ユゴー」の著作。レ・ミゼラブルは仏語で「悲惨な人々」「哀れな人々」を意味する。

国産木材の積極的活用と地産地消の必要性

柴田:木造ビルという新しいものが広く導入されるまでには、日本ではまだ時間がかかるというのは否めません。 日本は保守的な傾向がありますから、最初は少しずつ増えていってシェアが10%ぐらいになったあたりで急に伸びる、というパターンになるかなと予想しています。

石橋:福井も、保守的な面が強い土地柄ではあります。

柴田:そうですね。しかし、確実に変化していくでしょう。
例えばですが、将来、福井の県庁を建て替える際、福井県の木材を切ってきて木造ビルを作るとか、そういう地産地消の時代になりますよ。
なるべく動かさないことが地産地消であり、省エネになるわけです。
県のものは、県内の資源を使う。そしてまた植林を行う。そういう循環の動きがこれから強くなりますよね。
現在、当社は「日本の山を買って、そこの森林から用途別に販売をする」という段階まで進めています。

石橋:それは、ここ何年ぐらいの動向でしょうか?

柴田:国産材課というのを作ったのが3年前ですので、これからですよ。
製材用や合板用を出して、枝等の残りをバイオマス発電に利用します。これで木材資源を100%有効活用できます。

石橋:今の時代にふさわしい取り組みですね。

柴田:これからまだまだ増えていきます。令和4年(2022年)の国産木材の総蓄積量は、年間で約8,000万立方メートルに増えています。
それに対して、令和4年(2022年)の国内木材消費量は、年間で約3,400万立方メートルしかなく、半分は使われていない状況です。
そのままだと腐って倒れてCO₂が発生します。CO₂を発生させる前に、切って利用しなくてはいけません。

石橋:もうそこまで押し迫っているのですね。

柴田:それら里山の木は多くが杉で、戦後に国策で植えられましたが、それは花粉症という問題を生んでしまいました。
そこで、今ある杉を早く切って木造ビル等に活用して、あわせて花粉症を無くすために、バイオ技術で作った「花粉症にならない杉」というのもあると聞きますので、それに植え替えていくのがいいでしょう。

石橋:日本の木材を積極的に活用していく必要があるということですね。

柴田:政府の方針も変化しますから、木材輸入がゼロになるわけではないですけど、今までの輸入木材の時代から国産木材の時代になると思います。
アロック・サンワさんでも国産木材の取り扱いが増えていくでしょう。

対談者情報

柴田 敏晶
伊藤忠建材株式会社 取締役会長
経 歴
1953年、静岡県出身。
2005年、伊藤忠建材株式会社 代表取締役社長 就任。
2022年、同 代表取締役会長 就任。
2023年、同 取締役会長 就任。
大手建築資材商社「伊藤忠建材株式会社」の代表取締役社長を17年に渡り務め、現在は同社の取締役会長として業界を牽引する。