太陽光発電でつくる、福井の街、快適な暮らし、未来志向の生き方

前真之氏
東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 准教授

「小さなエネルギーで豊かな住環境をつくる」をコンセプトに、クリーンエネルギー事業を展開しているアロック・サンワ株式会社。
初回ゲストに、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 准教授であり、工学博士、一級建築士の前真之氏を迎え、対談が行われた。
住宅のエネルギー消費全般を研究テーマに活躍されている前氏と、気密断熱に優れた高性能住宅と太陽光発電を軸に、福井の街づくり・暮らしづくりから、未来志向の生き方へと話題は広がる。

福井で「室温18℃を下回らない住宅づくり」を目指す

前:アロックさんのクリーンエネルギー事業は、「いい家を福井に広めたい」ということですよね。

石橋:いい家のひとつの基準として、「室温18℃を下回らない住宅づくり」を掲げています。
こういった取り組みは、北陸、特に福井県では、あまり声を高らかに言ってるところがありませんでした。
なので、是非チャレンジしようと。

前:家の中で、部屋間の温度差が大きいとヒートショック(*)になる恐れがありますからね。
家中いつでもどこでも18℃、というのが重要になる。これって、日本の家はほとんどできていない。
かなりハードルが高いんですけどね。

(*)温度の急激な変化によって血圧が上下し、心臓や血管の疾患が起こる健康被害のこと

石橋:ハードル高いですね。でも「室温18℃を下回らない住宅」を実現できれば、ヒートショックの心配は格段に下がると考えています。

福井の家の傾向と、
「建てた後にどんな生活ができるか」について

前:日本全国で見れば、いい家づくりをしようって団体やハウスメーカー、限られた作り手の人たち等、一部は頑張っています。
ただ、ちょっと不思議なんですよね。
北陸、特に福井から、高性能な家造りを積極的に発信されている方が少ない印象です。

石橋:全国に対して目立った人がいないですね…特に福井は。
秋田や新潟には、いらっしゃいますよね。

前:例えば、秋田は寒さが厳しくて人口減少の中で家にかけられるお金も厳しいはずなんだけど、全国区で活躍している作り手が2、3人います。そういう人たちはYouTube等を使って積極的に発信していたりします。

石橋:北海道、新潟、秋田等の、大自然や寒さが厳しい土地に比べれば、北陸・福井は豊かとも言えます。
その分、危機意識が薄い…という見方ができるかもしれない。

前:福井では、土地がリーズナブルだからか、大きめの家を建てる傾向があると聞きます。
でも「暮らした後で必要になる性能にお金をかけていますか?」と気になります。

石橋:家族の人数に対して、部屋が余っている、というご家庭もありますね。

前:例えば、東京だと土地代は一坪300万、400万というケースもあります。だから土地はひどく狭くなるし、建物にもお金をかけられない。街中だと工事費等も割高になりますから大変です。

石橋:福井だと、坪20万でちょっと高いかなという感覚ですね(笑)。

前:福井は、土地もリーズナブルで所得にも余裕がある、家造りに恵まれた環境です。でも、なぜか建物の肝心な部分にお金をかけて「住宅の性能を確保して、健康・快適な暮らしを実現しよう」という雰囲気をあまり感じません。性能以外のところにお金がかかっているのかもしれませんね。

石橋:…電気代ですかね(苦笑)。家が大きいと、冬の電気代が月10万円台になるという話もあります。

前:家は建てて終わりではありません。「建てた後にどんな生活ができるか」が問題です。
賃貸に住んでいた人が戸建てを手に入れると、月々の電気代が予想以上に収入を圧迫するわけです。
そうすると、夢の新居を買ったのに、暖房を我慢する、寒さに耐える、ていう話になる。

石橋:はい、すごく残念な話ですね。

前:僕はやっぱり、家を建てる人は家族を大事にしていると思います。「家族といい暮らしをしたい」というのが最大のモチベーションなはずです。
でも、いざ建ててみた後で、実際には月々の光熱費の支払いで経済的に苦しくなりかねない。結局、冷房や暖房を我慢するようになっては、快適な住まいは実現できません。
そうならないように、安心の家づくりのために、温度とエネルギーのことは、初めから考えていた方がいいでしょう。

気密断熱の性能が、快適な暮らしに繋がる

前:人間の認識には短期と長期の両方があります。でも毎日忙しいと、どうしても短期の認識、目の前のことを優先してしまいます。
例えば、住宅ローンであったり、日々の生活費であったり。

石橋:それは大きいですね。

前:家造りについても、はじめにパッと目につく、使い勝手やデザインが全てに優先してしまう。でも、そういう要素は、3年も経てば慣れてきて、当たり前のものになってしまうんです。
高性能住宅を建てるということは、断熱とか気密とか、パッとは気づきにくい、でも後になって効いてくる、建物の性能に注目することです。
高性能住宅を建てたお施主さんは「冬は暖かくて夏は涼しくて、電気代はたったこれだけ。年を追うごとにこの家はすごいと実感する」とみんな言いますね。

石橋:日々の快適さを実感しているからこその言葉ですね。

前:車も似ていますね。ついついデザインに目が向きますが、燃費はガソリン代の節約につながり、エアバッグの設置は万が一の際に役立ちます。省エネや安全の性能が大事なんですね。

石橋:エアバッグの例えは面白いですね。エアバッグが命を守るように、気密断熱の性能がヒートショック等から命を守るわけで。

前:気密断熱や耐震といった命に関わる、地味だけど大事な性能について、ちゃんとこだわっている工務店さんを選ぶようにおすすめしたい。
昔は「中小工務店はだめ。家を建てるなら大手で」という声もあったけど、大手だと仕様を変えるのに時間がかかるケースもあります。
お施主さんの快適な暮らしのために、中小工務店にも新しい情報や技術を学んで頑張っている方がいます。

石橋:福井でも、気密断熱等の性能を体感できる場所が増えてきました。
家づくりを検討される方には、まずはモデルハウスや完成内覧会等に足を運んで、しっかり体感してほしいですね。

性能の情報を、正しく知ることの難しさ

石橋:昔は「性能住宅は贅沢品」みたいに言われていたこともありましたが、時代は変わりました。

前:断熱とか太陽光って標準であるべきなんですよね。
それなのに、「断熱とか太陽光という選択肢が、一生懸命に選んでこだわり抜いた人しか辿り着けないもの」となっているのはちょっとおかしいんですよ。建物の性能について、あまりにも理解が不足しています。

石橋:大事な事柄なのに周知されていない、というのは多いですね。

前:とある小学校の話ですが。
「冷房つけてもめちゃくちゃ暑くて、子どもがかわいそう」となって、先生が地域の工務店に相談したと。
それで見てみたら、小学校に断熱材が全く入っていなかったんです。太陽の光で屋根が熱くなり、その熱で教室が暑くなる。
プロが見ればすぐわかることだけど。

石橋:一般的な知識として、まだまだ知られていない、と。

前:大事な情報が、広まっていない。当たり前になっていないんですね。
小中高のどこかで「断熱」について教えているのかな。

石橋:小学校の家庭科の授業にありますね。

前:授業で触れているにしても、現実にはみんなに理解されていない。ほぼすべての生徒が『家』に住んでいるわけなのに、「家がどういうもので、どうあるべきで、こうしたら良くなる」みたいなことが十分に教えられていない。
家のこともお金のことも、役に立つことを何も習えず、実社会に放り出されて、十分な知識もないまま、オオカミのような企業にいいようにされてしまう人が多いのは残念です。

石橋:オオカミ(笑)

前:僕は大学入って、住宅のエネルギーの研究からいろんな体験をさせてもらって、だんだん現場で起きてることと理論が繋がるようになって。
20年くらいかかって、なんとなくはわかってきたかな、という感じです。
だから、一般の人がすべて理解するのは難しいと思います。

石橋:今はWebで情報を得やすくなりましたが、でも、正しいかどうかの判別がつきにくい。
情報リテラシーの高い人は大丈夫でしょうけど、そうでないと、間違った情報を鵜吞みにして全然違う方向に進んでしまうという怖さがあります。

前:でも、知識を身に着ける努力は絶対大事です。家選びでも、いくつかのポイント、エッセンスを知っておくだけでも結構違いますから。学ぶことには無限の価値があります。

日本とヨーロッパの、街づくりへの観点の比較

前:石橋さんは、どうしてエネルギーに関心をお持ちになったんですか?

石橋:きっかけは、ドイツへ行って省エネ建築を見たことです。それまでは「日本の建築は進んでいる」と思っていましたが、全然ドイツの建物の方がよくて、衝撃を受けました。
2017年の話なので、まだ6年前ぐらいですね。

前:そんなに大昔ではないんですね。

石橋:ですね。
以前からいろんな人に話を聞いていましたが、実際に見に行って体験したことが大きいです。省エネ建築の大切さを知ることができました。
前先生は?

前:京都議定書(*)のころに修士課程でして。地球温暖化という言葉がよく使われるようになっていたころですね。
それを受けて日米欧がCO₂を減らそうとして。「このままでは地球の環境はだめだろう」という話が挙がっていたのですが。
日本では、その後も建て売り住宅が増えて、日本の住宅産業はおかしいんじゃないかと嫌になって。

(*)1997年に京都市で開かれた「地球温暖化防止京都会議」で採択された国際約束のこと。
先進各国が二酸化炭素等の温室効果ガスを将来どのくらい削減するかが決定された。

石橋:ドイツ等と比べると、いろいろ違いがありますね。

前:例えば、ドイツは住宅規制が厳しくて、無闇に建てられない。
なぜかというと、無闇に建てると資産価値が落ちるという考えがあるからです。
あと都市計画の観点でも、救急車の動きが悪くなるとか、水道等のインフラ設備もお金がかかります。
コンパクトにまとめることが行政の視点ですね。

石橋:日本ではあまり聞かない観点ですよね。資産価値を落とさないように建築や都市開発をしようというのは。

前:日本では、戸建てを建てたいという願望が強い。でも、目の前のニーズをただただ叶えているばかりでは、あとでみんなが損をしてしまう。
日本は戦後、都市計画が一度リセットされました。一方、ヨーロッパには数百年の都市計画がある。
未来に向かって都市をつくろうとする責任が、ヨーロッパは日本より強くあるだろうと思います。

石橋:福井県も、戦時中は福井空襲があって。戦後の、昭和23年6月には福井地震、同じ年の7月には豪雨水害もあって。弊社が建つこのあたりも一度だめになったと聞きます。
でも、先を考えた都市計画よりも、復興のみで考えられて街がつくられ、今の福井があるのかもしれません。

昔の常識は、いまの非常識。
知識のアップデートが必要

石橋:理想の住まいづくり・街づくりから未来に向けて、いま取り組んでいることや、準備していること、読者へのメッセージをいただけますか?

前:さまざまなことが変わってきていることを、知らない人が多い。昔の常識は、いまの非常識。知識のアップデートが必要です。
例えば、太陽光発電はよく誤解されていて。売電価格が高かったとき1kWあたり48円だったのが、いまは16円。採算がとれなくなった、とかいう人がいます。
しかし、売電価格が下がる間に、初期コストも安くなった。売っても儲かりはしないけど、電気代高騰の現在、自分で使う分には十分価値があります。
「太陽光は売って儲けるもの」という昔の知識にとどまってはだめなんです。「太陽光は自分で使って電気を買わずにすませるもの」という認識にアップデートする必要があるんですね。

石橋:10年前と、いまの常識はずいぶん変わりました。

前:結局のところ、電気代を安くするのに、太陽光発電に代わる手段がないのが現実です。
東京都の太陽光発電義務で、むやみに反対意見を広げる「太陽光ヘイト」も多く発生しましたが、ヘイトからは何も生まれないんですよ。
日本の従来の考え方だと、「我慢すればいい」とか「現実が…」と言って、変わらないパターンが見られます。
高い水準を見てやっていかないと損をしてしまいます。
それに、高い水準で暮らした子どもたちが「家は直しながら大切に使っていこう」と思えるようになるかと。

石橋:電気代が上がったことは、生活には大変なことだけれど、世の中が変わるチャンスでもありますかね?

前:そうですね。今となってはピンチをチャンスに変えていくしかない。
なぜ電気代が高いのかを冷静に分析する必要があるし、建物の性能を上げ、抜本的な解決に向かうことが大切です。
これは消費者だけの問題じゃなく、売る側もトータルでの提案が大事になっていきます。
自分の商材さえ売れればいいということではないし、そういう人は信頼を失うでしょう。

石橋:トータルでの提案、大事ですね。
「室温18℃を下回らない住宅づくり」は、性能住宅を提供することに加え、快適で健康的な暮らしを提供することであると、再認識します。

前:さきほどのヒートショックの話、年間の死亡者数は17,000人とか19,000人という推計があります。
交通事故の死亡者数は、1970年ごろ16,000人を超えていたのが、近年は努力で約3,000人まで減りました。
気密断熱の性能の価値が広まれば、ヒートショックも減らせるでしょう。

石橋:室温18℃を下回らない性能住宅を普及させて、ヒートショックをゼロに近づけていきたいですね。

対談者情報

前 真之
東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 准教授
経 歴
1975年、広島県出身。
2003年、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了。
学生時代より25年間以上、住宅の省エネルギーを研究。
健康・快適で電気代の心配がない生活を太陽エネルギーで実現するエコハウスの普及のため、要素技術と設計手法の開発に取り組んでいる。